私たちが日常的に食べている「温州みかん」。しかしこの名前、よく考えると不思議ではないでしょうか。「温州(ウェンジョウ)」は中国・浙江省にある都市名です。なのに温州みかんは日本固有の品種であり、中国の温州とは直接の関係がありません。なぜ日本生まれのみかんに中国の地名が付いているのか——その謎を歴史の流れとともに解き明かします。
1. 「温州」ってどこ?
「温州(おんしゅう / ウェンジョウ)」は、中国東部・浙江省に位置する港湾都市です。人口約900万人を擁する大都市で、現在は貿易・製造業の拠点として知られています。温暖な気候と豊かな農業が特徴の地域で、柑橘類の栽培も盛んです。
中国の温州地方では、古くから「瓯柑(おうかん)」と呼ばれるみかんが栽培されていました。この瓯柑は現在でも温州地方の名産品として知られています。ただし、日本でいう「温州みかん」とは別の品種であり、見た目も味も異なります。
「温州みかんは中国のみかんだと思ってたけど……違うの?日本生まれなの?」
「そう、実は完全に日本生まれ。名前の由来を探ると、江戸時代にまで話が遡るんだよ。」
2. 温州みかんは実は日本生まれ
温州みかんの正式な学名は「Citrus unshiu」といいます。この学名の「unshiu」は日本語の「温州(うんしゅう)」をローマ字で表したものです。そして重要なのは、温州みかんの原産地は日本——鹿児島県(旧薩摩藩)であるということです。
現在の研究では、温州みかんは「クネンボ(九年母)」と「紀州みかん」が自然交雑した突然変異体として誕生したと考えられています。クネンボは東南アジア原産の柑橘類で、江戸時代初期に日本に伝来していました。その子孫が偶然交雑し、種なし・皮がむきやすい・甘みが強いという現在の温州みかんの特性を持った品種が生まれたとされています。
種なしである点は温州みかんの特に大きな特徴です。種があると食べにくく、また種から育てた場合は親と異なる特性を持つ苗が生まれることがあります。種なしの温州みかんは接ぎ木でしか増やせないため、特定の優れた性質を安定して継承できるという農業的な利点もありました。
温州みかんが「種なし」なのは、染色体の数が通常の柑橘類と異なる三倍体に近い特性を持つためです。このため受精が正常に起こらず、種が形成されにくくなっています。
3. 薩摩みかんとの深い関係
温州みかんのルーツをたどると、江戸時代の薩摩藩(現・鹿児島県)にたどり着きます。温州みかんの原木は、鹿児島県長島町(旧・長島村)に現存しており、樹齢はおよそ300年以上と推定されています。この原木が温州みかん発祥の地の証です。
江戸時代、薩摩藩はみかんの産地として知られており、「薩摩みかん」として江戸にも出荷されていました。ただし当時流通していたのは主に「紀州みかん」で、温州みかんは一部の農家で栽培されるにとどまっていました。
温州みかんが広く注目されるようになったのは、明治時代以降のことです。1875年(明治8年)ごろ、農学者や農業関係者が薩摩のみかんを調査した際に、種なしで食べやすいみかんの存在を発見し、これを品種として確立する動きが始まりました。
薩摩みかんが「温州みかん」と呼ばれるようになった転換点
薩摩のみかんが「温州みかん」という名前で呼ばれるようになった背景には、明治時代の農業書・植物分類の整理が関係しています。当時の農学者や植物学者は、欧米や中国の文献を参照しながら日本の植物を体系的に整理しようとしていました。その過程で、薩摩のみかんが中国・温州産とされる柑橘類と「似ている」と判断されたことが、名前の混用につながったと考えられています。
4. 「温州」という名前が付いた理由
では、なぜ日本生まれのみかんに「温州」という中国の地名が冠されたのでしょうか。これには諸説があります。
説1:中国からの伝来品と誤認された
最も有力な説は、明治時代に植物分類を行った研究者が、薩摩のみかんを中国・温州地方から伝来したものと誤認したというものです。当時の柑橘類研究は黎明期にあり、品種の識別も不明確でした。中国から渡来した「温州産みかん」と伝聞されていた柑橘類に似ているとして、「温州みかん」と命名された可能性があります。
説2:銘柄・ブランドとして名付けられた
中国・温州は古くから柑橘類の名産地として知られており、その名前はブランド価値を持っていました。日本のみかんに「温州」の名を冠することで、高品質であることを示そうとした、という見方もあります。江戸〜明治期には、高級品に中国・朝鮮の地名を冠する慣習が一部にありました。
説3:学術的混同から定着した
ヨーロッパの植物学者が日本の柑橘類を分類する際に、中国の文献にある「温州みかん」の記述を参照したことで学名に「unshiu」が採用され、それが逆輸入的に日本での呼称として定着した可能性もあります。
「誤解から生まれた名前が、今では日本を代表するみかんの名前になってるって、なんかドラマチックね。」
5. 日本全国に広まった経緯
温州みかんが日本全国で栽培されるようになったのは、明治後期から大正・昭和にかけての出来事です。その普及には、いくつかの重要な要因がありました。
鉄道の発達と流通革命
明治末期から大正期にかけて、九州・近畿・東海地方に鉄道網が整備されました。これにより、傷みやすいみかんを産地から都市部へ素早く輸送できるようになりました。特に和歌山・愛媛・静岡などの産地と東京・大阪の大消費地が鉄道で結ばれたことで、みかんの大量流通が実現しました。
温州みかんの優れた特性
温州みかんが普及した最大の理由は、その品種としての優秀さです。
- 種なし:食べやすく、消費者に受け入れられやすい
- 皮がむきやすい:手軽に食べられる
- 適応性の高さ:日本各地の気候に適応できる
- 保存性:他の柑橘類に比べて比較的日持ちする
- 豊富な収量:農家にとって収益性が高い
政府・農業試験場による品種改良・普及推進
明治政府は農業の近代化を重要政策として推進しており、各地に農業試験場を設置しました。この試験場を通じて温州みかんの優良品種が選別・普及され、栽培技術の標準化が進みました。戦後の高度経済成長期には消費者の収入増加とともに需要が急増し、1970〜80年代には年間生産量が300万トンを超えるほどの一大産業に成長しました。
現在、日本で生産されるみかんのほぼ100%が温州みかんです。品種としての成功は、農業史上でも稀な事例と言えます。
6. 現代の温州みかんブランド
現代では「温州みかん」の中にも多くのブランド・品種があります。大きく分けると「早生(わせ)」「中生(なかて)」「晩生(おくて)」の3種類があり、収穫時期が異なります。
早生温州(10〜11月)
「宮川早生」「興津早生」「日南1号」など。秋口から出回り、皮が薄く酸味と甘みのバランスが良いものが多いです。
中生温州(11〜12月)
「青島温州」「南柑20号」など。甘みが安定しており、一般的にスーパーに出回るみかんの主流です。
晩生温州(12〜2月)
「青島温州」の晩生型など。冬場に収穫され、貯蔵によって甘みが増す品種もあります。
有名産地ブランド
- 有田みかん(和歌山):歴史ある産地ブランド。小粒で甘みが強い。
- 三ヶ日みかん(静岡):浜名湖の恵まれた環境で育つ高糖度みかん。
- 愛媛みかん(愛媛):日本最大の生産量を誇る産地。多様な品種が揃う。
- 熊本みかん(熊本):温暖な気候を活かした甘みの強いみかん。
みかんの品種史・産地の変遷・日本の柑橘文化について詳しく知りたい方は、専門書での学習もおすすめです。
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7. まとめ
「温州みかん」の名前の由来をまとめます。
- 「温州」は中国・浙江省の都市名だが、温州みかん自体は日本生まれの品種
- 原産地は鹿児島県長島町(旧薩摩藩)で、原木は現在も残っている
- クネンボと紀州みかんの自然交雑によって誕生したと考えられている
- 明治時代に植物分類の過程で「温州産みかんに似ている」として誤認・命名された可能性が高い
- 鉄道発達・品種の優秀さ・政府の農業振興により明治〜昭和にかけて全国に普及
- 現在では早生・中生・晩生の多様な品種群と産地ブランドに発展している
日本の食卓に欠かせない存在となった温州みかんですが、その名前の背景には、江戸から明治にかけての農業史・植物学史が凝縮されています。次にみかんを手にしたとき、少しだけその名前の謎に思いを馳せてみてください。
「日本生まれのみかんが中国の名前を持って、世界中に広まってる……食べ物って面白い歴史があるのね。これからはもっと感謝して食べようかな。」
- 温州みかんは中国の品種ではなく、日本(鹿児島県)生まれ
- 「温州」という名前は明治時代の植物分類における誤認・混同から生まれた可能性が高い
- 原木は鹿児島県長島町に現存し、樹齢300年以上
- 種なし・むきやすい・適応性の高さが全国普及の決め手になった
- 現代では早生・中生・晩生の品種群と産地ブランドに発展している